デュアン・オールマン / Duane Allman

デュアン・オールマン(Duane Allman)は、享年24歳の若さで亡くなった伝説のギター・プレイヤー。
1968年に、弟のグレッグ・オールマン、もう一人のギタリスト、ディッキー・ベッツらとアメリカ南部フロリダ州・ジャクソンビルにてオールマン・ブラザーズ・バンドを結成しました。

ツインドラムとツインギター、オルガン・ピアノ等の楽器編成で、ブルース、カントリーを基盤にジャズ等のインプロビゼイション(即興演奏)奏法を大胆に取り入れ、スケールの大きな重厚なサウンドを紡ぎ出したオールマン・ブラザーズ。
後に「サザンロック」というジャンルで呼ばれるようになります。

オールマン・ブラザース・バンドでのデュアン・オールマンのギタープレイの特徴は、なんといっても「スライド・ギター奏法」でしょう。

スライド奏法は、弦を押さえる左手の指にガラス製の筒(スライドバー)を差し、弦の上を滑らせるように左手を動かしつつ右手で弦を弾き、滑らかに音程を変化させたり、微妙な音程を使った独特なサウンドを生み出す奏法で、ブルースギタリストなどがよく弾く方法ですが、黒人ブルースマンの間ではボトルネック奏法(彼らは酒瓶の首部分を切り取って使っていたのでこう呼ばれます。)とも呼ばれ、ポピュラーな奏法でしたが、デュアンが世界に、特にロックミュージックの世界に広げた奏法とも言えるでしょう。

ちなみにデュアン・オールマンは、コリシディン(coricidin)という風邪薬の空ビンを使ってスライド奏法を行っていました。

ライブアルバム「At Fillmore East」の一曲目、ステイツボロ・ブルースのイントロで炸裂するスライドギターのサウンドは、彼の真骨頂と言えます。

オールマン・ブラザーズ・バンド結成以後も、デュアンはセッション・ギタリストとして活動しており、エリック・クラプトンと交友関係もありました。
クラプトンの代表曲の一つである「いとしのレイラ」のスライドギター・パートはデュアンの演奏です。

悲劇が起こったのはデビュー以後2枚のアルバム「The Allman Brothers Band」と、「Idlewild South」を発表し、3枚目のライブアルバム「At Fillmore East」が話題を呼び、アメリカを代表するバンドにまで昇りつめる目前でした。

彼のミュージシャンとしての夢であった自身のバンドでの成功を、若くして手に入れようとした瞬間、彼の人生は突然の終焉を迎えます。
デュアンの乗ったバイク(ハーレーダビッドソン・スポーツスター)とトラックが衝突、若い才能は神のもとへと旅立ちました。

SKYDOGと呼ばれた伝説のギタリスト、デュアン・オールマン。
彼のギター魂は今日も世界の何処かで誰かの心を揺さぶっています。

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